中城村護佐丸歴史資料図書館

平成28年5月30日(ごさまるの日)オープン!!
中城村の英雄「護佐丸」や世界遺産・中城城跡をはじめ、琉球史が学べる歴史資料図書館です。本ブログでは、当館の企画展やイベント情報、活動様子などを紹介します。
★休館日:毎週火曜日、毎月第3木曜日、祝日の翌平日(祝日振替休)
★開館時間:平日・祝日10:00~19:00 土・日10:00~17:00

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続・館長ブログ「吉の浦だより」

「仲座久雄」を知っていますか?(吉の浦だより11)

 仲座久雄は、1904年2月10日中城村字津覇に生まれました。大阪で働きながら建築学を修め、1933年に帰郷してから1962年に58歳の若さで亡くなる迄の間、建築設計の仕事をとおして、またその専門的知識を生かして沖縄に多大な貢献をし続けた人です。

「仲座久雄」を知っていますか?(吉の浦だより11)
「仲座久雄展」ポスター

 仲座の仕事は多岐にわたりますが、その主なもののひとつが「文化財保護」への取組です。彼が文化財建造物に関わるきっかけとなったのは1936~37年に実施された守礼門の解体修理工事だと思われます。守礼門は中国の牌楼形式を基本としていますが、軒を支える組木は和風、屋根には琉球の赤瓦と、様々な技術を融合させた建造物です。若き日の仲座は、工事監督の森政三(文部省技官)のもとで守礼門を解体し、部材を修理した後再び組み上げるという作業をしながら、他所の技術を融通無碍に取り込む琉球建築を目の当たりにし、様々なことを考えたに違いありません。戦後は、崇元寺石門や浦添ようどれなど多くの戦災文化財の復元や、文化財の調査、保護活動に取り組んでいきます。そして、1957~58年には工事監督として、現在われわれが目にしている守礼門の復元を成し遂げました。

「仲座久雄」を知っていますか?(吉の浦だより11)
守礼門(2021年2月7日撮影):仲座が復元工事の監督を務めた。

 戦争直後、家を失い故郷に戻ることができない大勢の人々が収容所内で窮屈な生活を強いられていました。米海軍政府はこれを解決するため、短期間で大量に民家を建設する方針を打ち出し、仲座を工務部勤務とし設計を任せました。仲座は米国式の2×4インチ規格木材を主として用いたプレハブ住宅を設計します。これが「キカクヤ-」と呼ばれるものです。この規格住宅は、壁枠と屋根トラスを工場で組み立てたのち現地に持ち込むので大工仕事の経験がない人でも短時間で建設できるところが最大の特徴であり利点です。規格住宅は1946~49年におよそ75,000戸作られ、数十万人もの人々の住処となりました。仲座はこの他にも、学校や病院などの設計・建築指導を行い、沖縄の戦後復興を支えています。
 その後も「子供博物館」、「琉球大学志喜屋図書館」、「司法ビル(大城龍太郎との共同設計)」など意匠を凝らした数々のコンクリート建造物を世に送り出しました。1960年竣工の「沖縄ホテル旅館棟」は現在も現役です。仲座は「花ブロック」を考案し多用したことでも知られています。これは半円形や菱形など様々なパターンの空洞を持つブロックで、連続して配置することで模様を描くことができます。なにより適度に日差しを遮り、かつ風通しを保てるため、沖縄の気候に適した建築資材と言えましょう。

 沖縄全域で活躍した仲座ですが、中城村との関りも勿論あります。1930年制作の「津覇青年倶楽部計画設計透視図」は学生時代の作品で、大きくてモダンなビルディングを描いています。故郷を思い出しながら作図したのかも知れません。青年倶楽部は実習の課題のようなものであったのか、現実に建設されることはありませんでしたが、晩年の1958年には津覇公民館を設計しています。戦時中は中城国民学校(中城小学校)の校舎改築等も手がけました。
 また、かつて中城城跡に動物園と遊園地があったのを憶えておられる方も多いと思います。この「中城公園」は、1955年に経営権が民間に移されますが、1950年の発足当初は公営(中城村・北中城村)で、その計画を手掛けたのが地元出身の仲座でした。当初計画は、スタンド付き総合グラウンド、1万2千人収容の屋外娯楽場、噴水、植物園、ローラースケート場、博物館、迎賓館、バー、ダンスホール、ケーブルカーなどを含む壮大なものと報じられており、これが全て実現していたら今頃中城はどうなっていたのだろうと考えたりします。

 「去る者日々に疎し」と申します。しかし、私たちの暮らしに大きな貢献をした仲座久雄のことは忘れたくないですし、忘れてはいけないような気がします。いわんや、中城においてをや。そこで当館では「仲座久雄展」を開催することにいたしました。3F企画展示室で、期間は2月10日(仲座の誕生日。偶然の一致です!)から3月29日までです。是非とも足をお運びください。

「仲座久雄」を知っていますか?(吉の浦だより11)
園比屋武御嶽石門(2021年2月7日撮影):1956~57年の復元工事で、これも仲座が監督を務めた文化財。

「仲座久雄」を知っていますか?(吉の浦だより11)
旧円覚寺放生池(2021年2月7日撮影):1959年、琉球大学の運動場拡張に伴い埋立計画が持ち上がった時、仲座らが反対して現状が維持された。

【参考資料】
普久原朝充(監修).2019.沖縄島建築.191pp.トゥーヴァージンズ,東京.

磯部直希.2014.仲座久雄と「花ブロック」 : 戦後沖縄にみる建築と工芸.立命館文学 (635): 915-898.

金城春野・小倉暢之.2018.沖縄戦後復興における規格住宅の計画と供給について.日本建築学会計画系論文集 (744): 307-314.

仲座巌.2020.仲座久雄 その文化財保護活動 1936年~1962年.111pp.仲座巌,那覇.

沖縄県教育庁文化財課(編).2020.みんなの文化財図鑑 有形文化財編.267pp.沖縄県教育委員会,那覇.

うるま新報.1950.國際公園目指し 近代美を装う護佐丸の古城 今日盛大な開園式.1950年3月5日: 2面.

(文責:濱口寿夫)


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