続・館長ブログ「吉の浦だより」
ハマボッスについて(吉の浦だより12)
吉の浦海岸の春は多くの植物が花を咲かせ賑やかです。その中に、膝下までぐらいの丈で小さな白い花をたくさんつける「ハマボッス」と云う草があり、汀線に近い砂地に集団で生えています。よく見ると花もなかなか綺麗なものですが、昔はその存在に気付いていませんでした。足元の植物に注目する習慣がなかったこともあり、私にとってこの草は世の中に存在しないも同じだったのです。
ハマボッス(2021年3月14日撮影、吉の浦海岸)
それが、博物館のある展示を見た時から気になるようになり、今や海辺を歩くたびに「おや、咲いている」とか「実だ!」などと思っています。その展示とは沖縄県立博美館の常設展で、琉球列島に生育するハマボッスの南琉球型、中琉球型、北琉球型について解説したものです。
話が少しそれてしまいますが、生息する陸上生物のセット(生物相)で区分される琉球列島の3つの地域について、ザックリと、ご説明しましょう。
琉球列島の島々は、九州(本土)と台湾の間に弧を描いて点在しています。このうち八重山諸島から宮古島諸島までを南琉球、沖縄島諸島(久米島も入る)から奄美群島を経てトカラ列島の小宝島までを中琉球、そしてトカラ列島の悪石島から大隅諸島までを北琉球と云います。沖縄島と与論島の間には沖縄県と鹿児島県の県境がありますが、生き物たちには関係ありません。彼らにとっては南琉球と中琉球、中琉球と北琉球の境が重要です。これらの境界については、注目している自然現象等に応じていろいろな名称が使われますが、ここでは前者を「慶良間ギャップ」、後者を「トカラギャップ」と呼びます。
慶良間ギャップとトカラギャップ
琉球列島は大昔から地殻や気候の変動によって、中国・台湾や九州と陸続きになったり、海で隔てられたりして来ました。陸続きの時には中国大陸や九州の陸上生物たちが琉球の各地にやって来ますし、海に浮かぶ島になると他地域の仲間との交流が妨げられます。孤立した場所では、他所で滅んでしまった古い種が生き残っていたり(遺存固有)、独自の進化を遂げて“ご当地限定”の種が出来たりします(新固有)。
「陸続き/孤立」と云う現象は、琉球列島のあちこちで起こったでしょうし、その様子は細かく見ればそれぞれで異なると思いますが、台湾、九州との境も含めた中で、最も繋がる機会の少なかった場所が慶良間ギャップとトカラギャップであると考えられています。
と云うことは、中琉球が一番孤立していた期間が長いことになりますね。中琉球には、ノグチゲラ、ヤンバルクイナ、アマミノクロウサギ、ケナガネズミ、リュウキュウヤマガメなど、地球上でこの地域だけに生息し、かつ九州や台湾・中国南部などの周辺地域に近縁種がいない生物が沢山いますが、これはこの地史と関係があると云われています。これに対して、南琉球では台湾や中国との、北琉球では九州との近縁種が、それぞれ中琉球よりは、多く見られることになります。例えば、イリオモテヤマネコと台湾のベンガルヤマネコ、ヤクシマザルと九州のニホンザルは、それぞれ別種同士ではなくより近縁な亜種同士の関係にあります。
余りザックリとは参りませんでした…。話をハマボッスに戻しましょう。
ハマボッスも琉球列島の地史を反映して、南、中、北琉球で遺伝的に異なり、染色体の数や形態も違います。ややこしいのは、南琉球タイプが慶良間ギャップを乗り越えて中琉球まで進出してきていることです。しかも、沖縄島南部は中琉球であるのにもかかわらず中琉球タイプより南琉球タイプのほうが多く生育しているらしいのです(http://setolab.h.kyoto-u.ac.jp/research.html、2020年5月13日参照)。ハマボッスは種子が海流に乗って分散すると考えられていますが(荻沼・星, 2015)、波に任せて慶良間ギャップを跳び越えたのでしょうか。
ハマボッスの実(2020年5月8日撮影、吉の浦海岸)
もう一つ、これは私の識別能力の問題ですが、南琉球タイプと中琉球タイプの外見上の違いがよく分からないのです。中琉球タイプの方が花びらが細いように思いますが自信はない!と、自信を持って言えます。そこで、吉の浦でハマボッスを見るたびに「はて、どっちだろう?」と悩む訳です。そのたびにスッキリしない気分にはなりますが、大げさな云い方をすれば、これまで存在すら知らなかったものが自分の人生に加わったと云うことでもあります。そして、その分だけ住む世界が広がりかつ楽しくなったような気がしています。
【参考資料】
京都大学瀬戸口研究室HP(http://setolab.h.kyoto-u.ac.jp/research.html).
荻沼一男・星良和.2015.染色体の形態や核型が大きく異なるハマボッスのゲノム再編はどのようにしておきたのか.科学研究費助成事業研究成果報告書(研究期間:2012ー2014年度).課題番号24570111.
(文責:濱口寿夫)
ハマボッス(2021年3月14日撮影、吉の浦海岸)
それが、博物館のある展示を見た時から気になるようになり、今や海辺を歩くたびに「おや、咲いている」とか「実だ!」などと思っています。その展示とは沖縄県立博美館の常設展で、琉球列島に生育するハマボッスの南琉球型、中琉球型、北琉球型について解説したものです。
話が少しそれてしまいますが、生息する陸上生物のセット(生物相)で区分される琉球列島の3つの地域について、ザックリと、ご説明しましょう。
琉球列島の島々は、九州(本土)と台湾の間に弧を描いて点在しています。このうち八重山諸島から宮古島諸島までを南琉球、沖縄島諸島(久米島も入る)から奄美群島を経てトカラ列島の小宝島までを中琉球、そしてトカラ列島の悪石島から大隅諸島までを北琉球と云います。沖縄島と与論島の間には沖縄県と鹿児島県の県境がありますが、生き物たちには関係ありません。彼らにとっては南琉球と中琉球、中琉球と北琉球の境が重要です。これらの境界については、注目している自然現象等に応じていろいろな名称が使われますが、ここでは前者を「慶良間ギャップ」、後者を「トカラギャップ」と呼びます。
慶良間ギャップとトカラギャップ
琉球列島は大昔から地殻や気候の変動によって、中国・台湾や九州と陸続きになったり、海で隔てられたりして来ました。陸続きの時には中国大陸や九州の陸上生物たちが琉球の各地にやって来ますし、海に浮かぶ島になると他地域の仲間との交流が妨げられます。孤立した場所では、他所で滅んでしまった古い種が生き残っていたり(遺存固有)、独自の進化を遂げて“ご当地限定”の種が出来たりします(新固有)。
「陸続き/孤立」と云う現象は、琉球列島のあちこちで起こったでしょうし、その様子は細かく見ればそれぞれで異なると思いますが、台湾、九州との境も含めた中で、最も繋がる機会の少なかった場所が慶良間ギャップとトカラギャップであると考えられています。
と云うことは、中琉球が一番孤立していた期間が長いことになりますね。中琉球には、ノグチゲラ、ヤンバルクイナ、アマミノクロウサギ、ケナガネズミ、リュウキュウヤマガメなど、地球上でこの地域だけに生息し、かつ九州や台湾・中国南部などの周辺地域に近縁種がいない生物が沢山いますが、これはこの地史と関係があると云われています。これに対して、南琉球では台湾や中国との、北琉球では九州との近縁種が、それぞれ中琉球よりは、多く見られることになります。例えば、イリオモテヤマネコと台湾のベンガルヤマネコ、ヤクシマザルと九州のニホンザルは、それぞれ別種同士ではなくより近縁な亜種同士の関係にあります。
余りザックリとは参りませんでした…。話をハマボッスに戻しましょう。
ハマボッスも琉球列島の地史を反映して、南、中、北琉球で遺伝的に異なり、染色体の数や形態も違います。ややこしいのは、南琉球タイプが慶良間ギャップを乗り越えて中琉球まで進出してきていることです。しかも、沖縄島南部は中琉球であるのにもかかわらず中琉球タイプより南琉球タイプのほうが多く生育しているらしいのです(http://setolab.h.kyoto-u.ac.jp/research.html、2020年5月13日参照)。ハマボッスは種子が海流に乗って分散すると考えられていますが(荻沼・星, 2015)、波に任せて慶良間ギャップを跳び越えたのでしょうか。
ハマボッスの実(2020年5月8日撮影、吉の浦海岸)
もう一つ、これは私の識別能力の問題ですが、南琉球タイプと中琉球タイプの外見上の違いがよく分からないのです。中琉球タイプの方が花びらが細いように思いますが自信はない!と、自信を持って言えます。そこで、吉の浦でハマボッスを見るたびに「はて、どっちだろう?」と悩む訳です。そのたびにスッキリしない気分にはなりますが、大げさな云い方をすれば、これまで存在すら知らなかったものが自分の人生に加わったと云うことでもあります。そして、その分だけ住む世界が広がりかつ楽しくなったような気がしています。
【参考資料】
京都大学瀬戸口研究室HP(http://setolab.h.kyoto-u.ac.jp/research.html).
荻沼一男・星良和.2015.染色体の形態や核型が大きく異なるハマボッスのゲノム再編はどのようにしておきたのか.科学研究費助成事業研究成果報告書(研究期間:2012ー2014年度).課題番号24570111.
(文責:濱口寿夫)