中城村護佐丸歴史資料図書館

平成28年5月30日(ごさまるの日)オープン!!
中城村の英雄「護佐丸」や世界遺産・中城城跡をはじめ、琉球史が学べる歴史資料図書館です。本ブログでは、当館の企画展やイベント情報、活動様子などを紹介します。
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続・館長ブログ「吉の浦だより」

軽石漂着す!(吉の浦だより18)

10月15日の琉球新報、沖縄タイムス両紙に、大量の軽石が県内各地の海岸に漂着しているという記事が出ていました。ネット情報によると鹿児島県の喜界島や与論島にも漂着しているとのこと。吉の浦はどうかと思い、海岸を見てきました。

軽石漂着す!(吉の浦だより18)

軽石漂着す!(吉の浦だより18)
中央粘土色の部分が軽石です

ありました!モク(海藻)に挟まれるようにして、汀線と平行に幅数十センチの帯状に軽石が堆積しています。モクと一緒に太平洋を漂流していたのでしょうか。個々の軽石は数ミリ程度のものが多いですが、中には大きなものがあります。これまでも吉の浦で時々見かけていたので、軽石の漂着自体は珍しいことではなさそうですが、これほどまとまった量の「新鮮な」軽石を見るのは初めてです。

軽石漂着す!(吉の浦だより18)

軽石漂着す!(吉の浦だより18)

写真上の軽石には黒い部分があります。ガラス質以外の鉱物が混ざっているようです。このように今回漂着した軽石には黒い部分を持つものが多いような気がします。写真下の軽石にはエボシガイが着いています。エボシガイは、貝ではなくフジツボの仲間で、さらに大雑把に云うとエビ・カニグループの一員ということになります。流木などに付着し、海を漂いながら生活する動物で、貝殻のように見える殻板の間から蔓脚(まんきゃく)を出してプランクトンを捕まえて食べます。

今回漂着した軽石は、小笠原諸島南硫黄島の北約5キロの場所にある「福徳岡ノ場」という海底火山が出所だそうです。この火山は今年8月に爆発しました。「福徳岡ノ場」を海底火山と言いましたが、現時点では火山からの噴出物により新島が出来ています。この新島は火山灰と軽石でできているため波や風雨による浸食が早く、いずれ無くなると見られています(2021年10月8日付、読売新聞オンライン)。

『氣象集誌 第一輯』という雑誌に、筒井百平という方が1915年に書いた「「ハロス」の輕石沖繩島に漂著す」という記事が掲載されています。


去る六月十九日八丈島の南方靑ヶ島を南に去る三十哩「ハロス」岩付近の海底噴火の際に生じたる輕石が風又は海流の為め漂流して七月下旬に漸く沖繩島の北西海岸に達したるものあり(中略)
輕石漂著の時日及位置
(一)七月二十二日朝。國頭郡本部村字健堅海岸
(二)七月二十七日。國頭郡國頭村字邊土名海岸
(三)七月二十八日朝。那覇區字若狹町海岸。本所の海上觀測地點
輕石の色彩及形態
黒又は褐色なるもの多く稀には灰色なるもありて一般に生々しく且つ光澤あり。


「ハロス」は伊豆諸島ベヨネース列岩のことですので、「付近の海底噴火」は隣接する明神礁の噴火でしょう。軽石は1か月余りで伊豆諸島から沖縄島にたどり着いています。今回は小笠原諸島から2か月ほど。出発地点も違いますし、天候・海流の状況や、いずれの海流に乗るか等諸条件もいろいろでしょうから、早い遅いの評価は余り意味が無さそうです。そもそも陸に着かない軽石だってあるでしょう。

ところで、昔は「漂着」を「漂著」と書いたようですね。句読点もほとんど使わないので少々読みにくいです。

さて、話を戻して、同じく『氣象集誌 第一輯』の1914年にも軽石漂着の記事がありましたので見てみましょう。


石垣島海岸に輕石の漂著 石垣島測候所の岩崎所長の報知によるに同島絲數原海岸に五月二日夥多しき輕石漂著せり明治三十八年五月に同様の輕石漂著し來たれることあり今回は彼時に比すれば極めて少量なりと云ふ想ふに今回の輕石は本年一月の中旬に南硫黄島附近に新島の湧出せし時に生せしものなるべし小笠原父島にも去る四月に輕石の漂著せしものありしと云ふ(岡田)


おや!「南硫黄島附近に新島」というのは、もしかして「福徳岡ノ場」のことではないでしょうか。そこで、気象庁ホームページの「福徳岡ノ場 有史以降の火山活動」を覗くと、はたして1914(大正3)年1月に噴火していました。


1月13日~2月12日。火砕物降下、(海上浮遊軽石)。噴火場所は福徳岡ノ場(新硫黄島)。1月23日に大噴煙、溶岩流出。1月25日に新島出現(高さ300m、周囲11.8km)、12月には新島は各所で決壊、翌々年には消滅していた。


100年以上前に同じ場所で噴火があり、同じように琉球列島に軽石が漂着していたということです。今回、石垣島の初代測候所長にして「天文屋の御主前」こと岩崎卓爾さんと時をこえて共通の自然現象に触れている訳で貴重と言いますか、不思議な気持ちになりました。でも、火山にとっては100年など刹那にすぎないのかも知れませんね。

【引用文献】
気象庁HP;福徳岡ノ場 有史以降の火山活動.(https://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/331_Fukutoku-Oka-no-Ba/331_history.html).

岡田某.1914.石垣島海岸に輕石の漂著.氣象集誌 第1輯 33(6): 305.

筒井百平.1915.「ハロス」の輕石沖繩島に漂著す.氣象集誌 第1輯 34(11): 719-721.

読売新聞オンライン2021年10月8日付記事;小笠原付近の「新島」が半分程度に縮小、海底では活発な火山活動続く.(https://www.yomiuri.co.jp/science/20211008-OYT1T50169/).

(文責:濱口寿夫)


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