続・館長ブログ「吉の浦だより」
「舞鶴引揚記念館全国巡回展 in 沖縄」は2022年3月12日に開会しました
本巡回展では、帰還された人々がシベリアで記した日誌や日常使用した器具、シベリアの様子を描いた絵など、ユネスコの世界記憶遺産に登録された資料のレプリカを中心に展示しています。「器具」にはスプーンやパン切ナイフの他、麻雀牌まで含まれています。いずれも抑留者が自ら作ったものです。絵には、ソビエト兵らしき人たちと日本兵が合唱している様子を描いたものもあり、「極寒、貧弱な食事、重労働」一辺倒のイメージが強いシベリア抑留にも色々な場面があったことが伺えます。
ここでは、展示資料の中から「俘虜用郵便葉書—北田利関連資料」をご紹介しましょう。「俘虜用郵便葉書」は抑留者と日本にいる家族等が通信する一種の往復ハガキです。便りを送った「北田利(きただ とし)」氏は1904年生まれ。1945年から1956年にかけて11年4カ月の抑留生活を送りました。その間、日本にいる奥さん(はま子さん)、二人の娘さん(邦子さん、明子さん)とやり取りした俘虜用郵便葉書が舞鶴引揚記念館に保存されており、今回その内の4組が展示されています。
展示されている「俘虜用郵便葉書」
【北田利→北田はま子】
56年五・一〇、夜。56此の一ケ月日本の雑誌、写眞画報を見、段々目新らしい單語や物の名称になれました。日本の現状について色々の感慨が湧きます。喜びと寂しさ羨望と幻滅、感情と本能の氾濫。憎悪と憧憬。だが私は日本に皈(かえ)ります 皈りたいと願います。日本の自然を忘れることは出来ません。去年の秋から読書慾が減り、今では露西亜語の本と日本の雑誌と、碁とラヂオを気の向くまヽに楽しんでいます。雑談したりボンヤリしていることは極く稀です。そちらからの通信は普通の葉書類(有料)でも良い相(そう)です。佃煮類は漸く此の間なくなりました。
【北田はま子→北田利】
56五月十日夜お書き頂きましたお便りが届きました。七月一日です。敗戰国の日本を、十年御覧にならずいきなり雑誌や画報でお知りになつてどんなにお驚きになつたか、私にもよく解る様な気が致しますが果して貴方の何分の一を感じて居ります事やら、胸が痛みます。でもお帰りになられましたら日本の風光が、我が家が、そして子供達がお苦しみを救つてさし上げられる事でございませう。どうぞ幻滅感丈は早くお捨て下さいませ。私はどの様に辛くても悲しくとも幻滅は感じないで済みました。あなたが生きてゐて下さる丈でよろこびが湧きます。「お目出度く生れて幸せだね」と、誰かに笑はれ相ですけれど…。今度帰国されました稲見さんから、同じ収容所に生活した事があるとておはがき頂きました。今広島の病院に入院していらつしやいますとの事お気の毒に堪へません。体さへ達者でしたら大方の苦しみは消えて行く事でございませう。どうぞ御体は大事に遊ばして下さいませ。七月末に始ります日ソ交渉が待たれます。邦子が近頃になつて進学を望まなくなりました。就職したいと云つてゐます。少し勉強しすぎて疲れて来たのかも知れません。年頃の心境の変化かも知れません。今暫く黙つて様子を見てゐる事に致します 外は変りありません。神中からよろしくとの事です。 さやうなら
上は今回展示されている俘虜用郵便葉書の内の1組で、1956年5月と7月の便りです。やり取りから、シベリアから日本にハガキが届くのに50日ほどかかった事、日本の雑誌や佃煮等も送っていた事が分ります。はま子さんは「日ソ交渉」への期待を記しており、政治的な話題がすべて不可という訳でもなさそうです。この年の10月には鳩山首相がモスクワ入りしてソ連と交渉し、「抑留日本人の送還」を含む「日ソ共同宣言」に署名するというタイミングですので、その時の政治状況によるのかも知れません。
このやり取りにおける内容の主眼は、元気の出ない(11年も抑留されれば当然ですが)利さんに対し、一所懸命励ましているはま子さんの様子です。「幻滅だけは捨てるように」という言葉に、彼女の気持ちがひしひしと伝わって来ます。なお、ここでは「幻滅」を「絶望」の意味で使っているようです。利さんはこの年のうちに、舞鶴に帰還することとなるのですが、先が見えない中での長期抑留は精神的に辛かったと思います。
ついでに「神中」ですが、別の資料に「神中の子供達と…」、「神中尭子ちゃんが…」とあるので、名字であることが分かります。おそらく、はま子さんの実家ではないでしょうか。
2022年3月20日には、舞鶴の「学生語り部」の皆さんによる展示解説がありました
本巡回展では、感情に訴えかけることは勿論、色々な事を考えさせられる資料が数多く展示されています。3月12日から始まった「舞鶴引揚記念館全国巡回展 in 沖縄」も残すところあと2日。これらの資料が沖縄で見られる機会は滅多に在りませんので是非ともお見逃しなきよう、護佐丸歴史資料図書館に足をお運びください。「久場崎展」も同じく3月27日まで開催しています。
「舞鶴引揚記念館全国巡回展 in 沖縄」展示風景
(文責:濱口寿夫)